名古屋高等裁判所 昭和49年(う)263号 判決 1974年10月07日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は弁護人田村作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これをここに引用する。
控訴趣意一、法令適用の誤りをいう論旨について、
所論は、要するに、医師法第一七条の法意は、医師でない者が反覆継続して医療業務をなし、かつ、その報酬を請求し、これを受領する行為を一括包含して禁止したものであり、従って、診療報酬金の支払いを受けても、別個に詐欺罪は成立しないというべきであるから、原判決が罪となるべき事実第二として各詐欺の事実を認定したうえ、刑法第二四六条第一項を適用して処断した点において、原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令適用の誤りがあるというのである。
所論にかんがみ、検討するに、医師法第一七条は、「医師でなければ医業をなしてはならない」と規定しているが、右にいわゆる「医業をなす」とは、反覆継続の意思をもって、人の疾病を治療する目的で、医学の専門知識を基礎とする経験と技能とを用いて診断、処方、投薬、外科的手術等を行うことを指称すると解すべきところ、このような医業を法が資格を有する医師に限定している所以は、医学上の知識と技能を有しない者がみだりに医行為を行うときは、生理上危険があるため、国民健康上の見地からこれを防止しようとするにあって、右医師法第一七条自体は、医療行為に伴う報酬請求ないしはその受領まで予想して、これを禁止することをも包含するものではない。なるほど、非医師が医師を装い、反覆継続の意思をもって、医行為をなす場合、報酬を請求し、これを受領することが多いといえるけれども、必ずしも報酬を得ることを目的とせず、名誉欲あるいは趣味等からする場合もあり、まして、健康保険団体連合会などに対し、その治療費の支払を請求するのが常態であるとはいうことができない。また、非医師が患者を診療し、実際に投薬等の実費を支出したからといって、診療報酬たる保険給付を当然の権利として請求することはできない。蓋し、権利の行使というためには、取得した利益が不法なものでないというにとどまらず、その利益を取得すること自体が当然の権利に属する場合でなければならないからである。従って、資格がないのに、他人名義で保険医の指定を受け、診療請求書を作成して保険金を受領したという事実関係の下では、独立して詐欺罪の成立を認むべきは当然であり、これと同旨の原判決には、所論指摘のような法令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。
控訴趣意二に、法令適用の誤りをいう論旨について、
所論は、要するに、仮に詐欺罪が成立するとしても、被告人は、三重県国民健康保険団体連合会から治療費を騙取するために、医師法違反の行為を手段として敢行したものであり、従って、右医師法違反の罪と詐欺罪とは、牽連犯の関係にあり、一罪として処断すべきであるから、原判決が両者を併合罪として処断した点において、原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令適用の誤りがあるというのである。
所論にかんがみ、検討するに、牽連犯について、実質上数罪の成立があるのに、法律がこれを科刑上一罪としている所以は、当該数罪の間に、その罪質上、通常一方が他方の手段又は結果となるという関係があり、しかも、具体的に犯人がかかる関係において、その数罪を実行したような場合には、これを一罪として、その最も重い罪につき定めた刑をもって処断すれば、それによって、軽い罪に対する処罰をも充し得るのを通例とするから、犯行目的の単一性を考慮して、もはや数罪としてこれを処断するの必要なきものと認めたことによるものである。従って、数罪が牽連犯となるためには、犯人が主観的に一方を他方の手段又は結果の関係において実行したというだけでは足りず、当該数罪間に、その罪質上、通例手段、結果の関係が存在すべきものたることを必要とするのである(最高裁判所昭和二四年一二月二一日大法廷判決、同昭和三二年七月一八日第一小法廷判決参照)。本件についてみると、被告人が主観的に医師法違反を保険金騙取の手段として実行したとしても、詐欺の手段として、医師法違反をすることが通常であるとは、到底いい得ないし、また、医師法違反の当然の結果として、保険金騙取が行われるとは、必ずしもいい得ないところである。してみると、本件医師法違反の罪と保険金騙取とは、その罪質上、通常手段又は結果の関係にあるとは認め得ないから原判決が両者を併合罪として処断したのは、まことに正当であって、原判決には、所論のような違法はなく、論旨は理由がない。
控訴趣意三、訴訟手続の法令違反をいう論旨について、
所論は、要するに、原判決は、前記医師法違反の罪と詐欺罪との間には牽連関係を生ずるとの原審弁護人の主張に対する判断を示さず、原判決には、右判断を遺脱した違法があるというのであるが、判決に所論のような判断を示すことを要しないばかりでなく、原判決が右医師法違反の罪と詐欺罪との関係につき、これを併合罪として処断していることは、前記のとおりであり、原判決は、右弁護人の牽連犯関係にあるとの主張を排斥したものであることが明らかであるから、原判決には、所論指摘のような判断遺脱のかどなど存しない。本論旨もまた理由がない。
控訴趣意四、量刑不当をいう論旨について、
所論にかんがみ、記録を精査し、証拠上認め得る諸般の情状、特に、本件は、医師法違反(非医師の医業行為)を含めて前科四犯を有する被告人が、前刑出所後、半年を経ずして、無医地区の窮状に乗じ、免許を有しないのに、実在の医師を装い、多数の患者を偽って、医業を行い国民健康保険団体連合会などから、診療報酬名下に、多額の保険金を騙取したものであって、犯情が悪質であり、地域住民はもとより、社会全体に与えた影響も大きいことを併せ考えると、被告人を懲役三年六月に処した原判決の量刑は、まことに相当であり、所論のうち、肯認し得る諸事情を斟酌勘案しても、原判決の右量刑が重きに過ぎるものとは認められない。本論旨も理由がない。
よって、本件控訴は、その理由がないことになるから、刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田誠吾 裁判官 平野清 大山貞雄)